責任

  • 2019.10.15 Tuesday
  • 18:46

巡りあわせというのは不思議だ。


それは友人とか職場の人だけでなく、親子でも感じる。

この親にこの子?という巡りあわせもある。


必ずしも環境や親の育て方で決まるわけではないようなものもあると感じる。


生まれた時から徳、というものを持っている人もいると感じる。

仏教では、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道とあるというけど、皆が皆人間道にいるわけではない気がする。


子どものうちは親から教わった世界が全てだが、大人になって、その世界がいかにごく一部であったか、そのメガネを通して見てきたことで影響されてきたことがいかに多いかに気づく。


小さな頃は無力で、親から見捨てられると生きてはいけないので、生き延びるために親のメガネを通した世界で生きるが、大人になったら、そのメガネは時に足かせになる。

メガネを外した世界で生きたら親から捨てられる=滅亡の危機、というサバイブの本能があるから、メガネを捨てるには恐怖が伴うが、大人になった今は、捨てた方が生きやすい場合がある。捨てようとするのを阻む親(自分のために)もいるが、自分を幸せにする責任は自分にあるから、人に幸せにしてもらおうとすること自体がその人の自由を阻む。


お母さんの幸せの責任は私にある、私がお母さんを幸せにしてあげないといけない、お母さんが幸せでないと私は落ち着かない、という場合があるが、それはそう思わせられているだけで、この母は自分で自分を幸せにできないのではなく、してこなかっただけだ。今更やり方がわからないだろうから捨てたら可哀想‥、というところが苦しい部分だが。


でも本当にやり方がわからないのだろうか‥、やらせてみると、結構やれたりしているものだ。

やらせてあげるという愛があってもいい。


沖縄 心理カウンセリング波詩(なみうた)

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  • 2019.10.14 Monday
  • 17:20

亡くなった父が、死んだら骨は海にまいてくれ、と言っていた。

ついでに坊主を儲けさせたくないから、坊主にだけは金を払うな、とも言っていた。

母はそんな言葉はさておいて、永代供養して、お坊さんにお金を払っているが。


ただ海にまいて欲しいという願いは叶えてあげようと、まく海を沖縄に来てから、どこがいいか探していた。


ある時期にここがいいというところを見つけて、大阪から姉も呼んで一緒にまいた。


その海には、年に3〜4回は行く。

少し寂しい感じの海だが、好きな場所だ。


骨をまいた時、私も姉も母も、なぜかボーダー柄の服、帽子を偶然身につけていた。別に合わせたわけでなかったのに不思議だ。


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  • 2019.10.13 Sunday
  • 21:41

今、というのが一番大事だと思う。

今にだけ注目しておれば、あらゆる苦悩はなくなるのではと思う。


過去の傷、未来の不安で、心の中を占めている状態は苦しい。

過去の傷が深くて整理できないものなら尚更で、傷が大きいほど、それが凍結保存されてしまう。


その傷を修復し、過去の自分を助け出し、労ってあけることは必要だ。

過去の傷があまりにも大き過ぎると、未来に希望が持てなくなり、未来は不安だけになり、今生きている世界さえ、安心のできないものになる。


でも今を生きること、今とつながることは訓練次第でできると感じている。

公園なら芝生、道なら雑草、外へ出ると風や空、雲、見えるもの、聞こえるもの、感じるものに一瞬でも注意を向けてみる。

そこに集中する。地面を見ると、アリが歩いている、雑草の葉っぱの鮮やかな緑、雲を見ると動いている。


以前カウンセリングしていた時、あるクライエントの方が言っていたことを思い出す。

DVの夫から夜中に着の身着のままで子どもを連れて逃げ、途方に暮れて公園のベンチに座っていた時、月が光る夜空を見ていて救われた、と話されていた。


放心しているような状態だったが、月を見ていたら、やっていけそうな気がした、と。


今の美しさに触れる時間が、過去を風化させ、未来への信頼につながる。それを砂のように積み重ねていくことが、トラウマからの回復への道と感じる。


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やっぱりFAP

  • 2019.10.12 Saturday
  • 17:55

トラウマ治療をやっている人は少ない。

インナーチャイルドセラピー、毒親から脱するカウンセリングとか、色々やっている人はいるが、ある程度経験を積むと、多くの臨床に携わる人はわかった気になって、だんだん傲慢になってくる。


クリニック勤めをしていた頃、同僚の心理士を見ていても同じようなことを思った。

一年目はひたむきで一生懸命だ。経験がなくて何もわからないと自覚しているから、必死で知ろうと何事にも耳を傾ける。この頃の臨床が実は一番いい具合だったりする。


しかし3年目、4年目を経ると、ひと通りの症例を見て、わかった気になってくる。慣れてくるというのもあると思う。あと疲れてくるというのもある。


そのちょっと疲れた後の期間に、こんなもんと思ってしまうか、さらに奥深さが見えるようになるかが分かれ道だ。


臨床の中でも、トラウマ治療に心血を注ごうとする治療家自体がそもそも少ない。


やられ放題でズタボロになっている人は話す気力もなく、人を信じるのも難しくなっているし、罪悪感も強いから、自分に起こったことを少なく見積もって話する。現実うつ状態でできないことも多いし周囲の評価も落ちているので、自己イメージが低く、そういう人の表立った言動だけしか見れない臨床家は、背後で起こっていることに気づけず、トラウマの影響などという見立てさえ発想として存在しない。


沖縄でも、本当にきちんと真面目にトラウマ治療に取り組んでいる人はかなり少ない。


そのトラウマ治療も、色々な治療法がある。

現在エビデンスがあって主流となっているのは、EMDRとTFTだ。

他にも認知行動療法的なものもあるが、現場で実践を重視する治療者は皆前者に傾いている。


その中でもFAP療法はまだまだ異色でマニアックな治療法だ。

多分沖縄で真剣にこの治療法に取り組んでいるのは私だけでは、と思う。


その根拠は仲間がいないからだ。


トラウマ治療者の勉強会に行っても、FAP療法のことを語り合える人がいないのは正直寂しい。


そういう状況だから、周囲はEMDRやTFTの話題にどうしてもなるので、しまいには自分も引きづられて、やっぱEMDR、勉強した方がいいのかなぁ‥なんていう変な焦りも出てくる。


でも、やっぱり最近、決意を新たにした。FAPを極めよう、と。


EMDRやTFTはアメリカ仕込みなのだ。脳や感覚系、神経回路に注目して、技法の組み立ても系統的で合理的。


でもそれは科学であって、根源的な実存には迫っていないと感じる。根元のこの人の実存的苦悩にまで到達できていない。


トラウマ記憶には触る、その時救えなかったその人の感情やエネルギーに焦点は当てるが、なぜそうせざるを得なかったのか、何がそうさせたのか、何が起こっていたのか、という部分までは触らない。それを証明する客観的なものがないからだ。


人間存在の在り方、その儚さ、愚かさ、切なさも含めて、タブーを覆して根元から取り組むのは、FAP療法だけと感じる。


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幻想の愛

  • 2019.10.11 Friday
  • 18:05

オフィス横で数日前から芝刈りがされていて、刈られた芝が積み上げられていた。

その芝の隙間から、花が顔を出していた。


生きていること自体が、それだけで美しいと感じる瞬間が好きだ。


独り暮らしをしていた20代の頃、彼氏とうまくいかず、孤独感でいっぱいになっていた時に何気に立ち寄った神社で、子猫を見かけた。


こんなに小さくても独りで生きてるんだ、寂しくないのかな‥と思うと、なぜか自分も独りでやっていける気がした。


誰かの愛情を当てにして、それが全てと思ってしまうと、その存在が居なくなった時、強烈な孤独感が襲ってくる。

自分を愛してくれるのはこの人だけ、と思うこと自体が錯覚で、それは幻想の愛だ。


愛されないと生きていけないのであれば、生きること自体が他者次第になってしまう。


人には愛などない、人の愛は全て幻想。

生命存在自体が愛なのだから、他者の愛などなくても、本来生命体は生きていけるし、存在できる、していいのだ。


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チューニング

  • 2019.10.10 Thursday
  • 20:37

FAP療法ではセッション中のクライエントとの呼吸合わせを重視する。

最初はあまり気づかなかったが、最近はそれが大事なのがわかるようになってきた。

呼吸を合わせていると、自然に軽いトランスに入る感じがある。


その人のペースを嫌が応にも乱すもの、相手のペースを全く無視してないものにする、というのは、結構人を苦しめるものだ。

人に合わせ過ぎもしんどいはずだ。


強引に何かを動かそうと思っても動かない時がある。どう頑張っても駄目な時もある。

でもそれがずっと続くわけではないのだ。


物事には妙な波動があるな、とも感じる。

同じ時期に同じようなクライエントが重なることはよくある。

ああ、この人と同じようなことをあの人も言ってたな‥とか、

この人、私と似てるな‥と、どこか自分とリンクする人が来たり。


波に流れに逆らわず、波動に沿うように乗れたらいいのかもしれない。


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娘は常に何かを作っている。これは私とネコ。



あるがまま

  • 2019.10.09 Wednesday
  • 20:26

 なんでもあるがままに受け取っていたら、何も起こらないし、感情を波立たされることはないはずだ。


解釈、主観を入れるから、ややこしくなる。


母はうちのネコが自分を見つめたり、擦り寄るだけで、「ご飯か?」と勝手な解釈をしてエサを継ぎ足す。

エサはこんもりあるのに、上からさらに足す。

「あるからエサじゃないよ!」と言っても、

「いや、違うねん、モーちゃんは噛んで細かくなったご飯は嫌だから足してあげないといかんのよ」と言って、どんどん上からエサを足す。


見ると、噛み砕いて細かくなったエサのみが確かに表面にある。


別に食べたくないのに上から入れられるから、新しいエサの方が新鮮ではあるから食べている、という風に見える。


いつもと違う行動をしただけで、母はネコに対して「いじけてるんよ、朝ブラッシングしてあげるの忘れたから」と、自分の受け取り方をそのままネコに当てはめて解釈している。


見つめられたら、擦り寄って来たら、何かが欲しいはずだ、いつもする行動をしない時はいじけている、という発想は、何か理由や目的があって行動が規定されているという母の考え方に基づいている。


ただ見つめる、ただ擦り寄りたかった、何かを感じて、その時はその行動をした、ということもあるはずだ。

そこに意図があるというのは、人間の思考であって動物も同じではないと思う。


あるがままに、何の解釈も入れず、ただ受け取る、あとは淡々と日々のルーチンをこなす。

相手が何を考えてるかなんてわからない。自分の行動だってわからないのだから。

呼吸をするのに意図や理由があるだろうか。


呼吸と同じくらい、ただあるがままに何でも受け取れたら、感情をかき乱されることもなくなるのだと思う。


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今朝、通勤途中、ヤギを運んでいるトラックに会った。





交流

  • 2019.10.08 Tuesday
  • 21:22

通勤途中の車の中から信号待ちの間、通行人がふと目に入る。

毎朝、毎夕同じ時間に同じ場所を通っていると、同じ人と出会うことがある。


ああ、今日はこの洋服か、寝癖がついてるな、あっ散髪したんだ‥


毎日のように見ていると、その人がその人なりに健気に生きてる感じが伝わってくる。

どんな人かは知らないけど、喋ったことはないけど、歩き方、服装から、こんな人なんだろうな‥と想像して、大きなお世話だが独り楽しんでいる。


茶髪の短髪だが、襟足の一部の髪だけ三つ編みで背中まで伸ばしている若い男性をよく見ていた。

ある日、トレードマークだった三つ編みをバッサリ切ってしまい、髪も黒くなっていた。

ああ〜、普通の人になっちゃったなぁ、何でだろう‥なんて思いながら見る。


イカつい作業着姿の男性なのに、車のボンネットに長毛種のネコを乗せている人もいた。ある時間にある場所を通るとすれ違うのだ。あっ今日はネコがいない、何でだろう‥とか。


以前勤めていたクリニックの毎朝の通勤時、いつもおじいさんが同じ場所に座っていた。

知らない人だが、毎朝通るといるので、何となく会釈するようになり、そのうち向こうから手を振って、親しみのある笑顔を向けてくれるようになった。


そうしているのは私だけかと思ったが、他の職員も同じだったらしく、ある時「最近あのおじいちゃん、いないね」という話になった。病気にでもなったのか、事情はわからずじまいだった。


話したことがなくても、どんな人か知らなくても、どこかで気にしてくれている人はいるのだ。


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今日のメルちゃんはまだ入院中だが、ズボンを履かせてもらっていた。



以心伝心

  • 2019.10.07 Monday
  • 21:47

今朝、考え事をしながら目覚めた。

なかなか布団から出きれず、ウダウダしながらふとうつ伏せ状態で顔を上げると、ネコが目の前に座りジーっとこちらを見ていた。

以心伝心のような不思議なところがある。


何かこちらが考え事をしているとそれが伝わるのか、側に来て座っている。


ある意味、動物は催眠療法の師匠のようなものだなと思う。


何事もジャッジせずにただそこにいる。


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幸せ

  • 2019.10.06 Sunday
  • 21:58

今日ショッピングセンターのトイレに行って流そうとしたら自動で流れた。

あーっと思った。自分のタイミングで流したいのに‥。


こんなトイレに慣れてしまったら、流すのを忘れる人になりそうで嫌だ。

自動で出るトイレの除菌クリーナーも嫌だ。

手を差し出しても出てこないとイライラする。自分で押してクリーナーを出したいのに。


一見便利だが、自分のタイミング、自分の感触が得られない生活は、色々なところで失われるものもあると感じる。


毎週末しているジョギングで、虫の声、風を感じたり、海の波を眺めたり‥そういう時間で一週間をリセットしている。

本当は便利なものも何も要らないのではと思う。


見る、聞く、感じるもの全て、ささやかなことに本当の幸せがあるのだと思う。

雑草やアリンコも虫も、この肉体に生きているから見れる、風も生きているから感じれる。そこに感動や喜びを見出せたら、この世の苦しみから解放されるのではと思う。


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